世に「天アンカット」なる本があります。どのような製本方法なのでしょうか?
本屋さんで、ある出版社の文庫本を買ったとしましょう。ふと見ると、本の上の部分がギザギザで裁断されていないことに気づいたとします。
「この本、てっぺんがギザギザで、きれいにカットされてないんだけど、もしかして不良品??」と思われる方も多いようです。
このように、本の上部が断裁されていない製本方法を「天アンカット」製本といいます。
最近、いろんなところで記事(twitterとかブログとか)を見かけるようになりましたね。
アンカット製本とは?
ざっくりと作業工程を見てみましょう。
- まず印刷した用紙を折ります(16Pとか32Pとか)。これを折丁と言います。
- 折丁をいくつか重ねて背に糊をつけて固め→表紙を貼ります。
- 最後に本の天、地、小口(本が開く側)を仕上げ断ち(三方断ち)して本にします。
この一連の工程が、いわゆる製本。
「アンカット製本」とは、天側だけ仕上げ断ち(三方断ち)しないで製本すること。
パッと見、凸凹、ギザギザしているので、「なにこれ? てっぺんだけ切り忘れ?」とか、「製本ミス? 交換して欲しい」と思われるかもしれません。
はっきり言いますと、わざとです。
地と小口は断裁しないと袋とじになっちゃうので、普通は断裁されます。ですが、天は断裁してもしなくても構わない訳です。
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なぜ「天アンカット」なのか?
例えば、栞がついている本は天を断裁すると栞が切り落とされてしまうので、天は絶対に断裁しません。新潮文庫がこれ。
「新潮文庫」の特長(その1)
本の中に焦げ茶色の紐が入っています。専門用語でこの紐をスピンと呼びます。栞の役目を果たして尚且つ落とすことがない優れものです。製本の過程でこのスピンを最初に表紙に貼り付けます。結果として文庫本の上側を断裁できません。このことを天アンカットといいます。スピンと天アンカットはそういう関係です。因みに、他社文庫は3方断といって上側も断裁している文庫本も多々あります。
新潮社webサイト:新潮文庫とは?
おそらく、印刷・製本に手間がかかる + お金も、なので、天アンカットの本の方が少ないのでしょう。
あ、ハードカバーに関してはこの限りではありません。製本工程が少し違うので。
天アンカット 新潮文庫
通常、見た目がピシッとしててきれいに見えるのは、仕上げ断ちされた本です。
しかしそこに製本へのこだわり、美学みたいなものがあって、「天アンカット」で本を作る出版社が存在します。
岩波文庫やハヤカワ文庫、創元推理文庫とかですね。
先にも述べましたが、天アンカットのほうが三方を断裁するよりも手間がかかるのです。
三方断ちであれば、紙の折りがすこしくらい曲がってもある程度許されます。最後に仕上げ断ちすれば良いですからね。
天アンカットは最初からピッチリ折る必要があるため、より慎重な作業を求められます。印刷の段階から。当然、金額にも跳ね返ります。
当然、疑問が湧きます。手間とお金をかけてそんなことするかという理由は何か?
それは「本へのこだわり」。
「本とは、本来こうあるべきもの」というこだわり、ロマンが出版社側にあるのです。
ヨーロッパの手製本文化 アンカット
本を作る者としての「本とは、本来こうあるべきもの」という思い、こだわり、ロマンということを考えると、やはりヨーロッパの製本文化に行きつきます。
ヨーロッパには古くから手製本の文化があります。
あのページ数が多くて、ごつい革製の表紙がついた本などは、個人が蔵書用に自分で製本した本ですね。
「アンカットの本(仮製本とも)を買う。ペーパーナイフで袋部分を切り開きながら読む。読み終わったら自分で豪華な装丁に製本し直して蔵書する。」ということが習慣としてあったようです。
また、フランスでは1600年代から、印刷と製本の仕事が明確に区別されていたそうです。
印刷工房では印刷のみ行い、印刷された本文を持って製本工房(ルリユール)へ行って、表紙を付けて製本してもらうという完全な分業制が確立していました。
フランスでは、いまだにその名残があるようですね。製本のみをおこなう工房、ルリユールの工房があるらしいです。
ちなみに、ルリユール(Relieur)は、製本や装幀を手作業で行う職人さんのこと。また、製本工程のこともルリユールということもあります。
最後に
おわかりいただけたでしょうか?
本の天部分がギザギザなのは、決して断裁忘れや不良品などではなく、意図して断裁していないのだということ。
そこには本を作る側の思いが込められているということです。
ご家庭にある複数の出版社の文庫本を並べてみてください。天がカットされている本とカットされていない本があるはずです。
出版社の意気込みが伝わってくるようで、面白いものです。
まあ、並べて意識して見ないとなかなか気づかないと思いますけど。
あと、実際に目にしたことはないですが、日本でもたまに(作者さんや装幀作家さんのこだわりなどで)アンカット(いわゆる袋とじ)で製本された書籍が発行されることがあったようです。
ただ、完全な袋とじにしようとすると、ほぼ手作業になってしまいます。現在ではできる製本会社がない?のかもしれませんね。
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